大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)2333号 判決

被告人 石塚利雄

〔抄 録〕

原判決挙示の証拠によれば、原判示犯罪事実、すなわち、被告人や原審相被告人等はかねて当時の国家地方警察、北群馬地区警察署が日本共産党員その他の勤労階級に対し不当な弾圧的態度をとり憲法で保障された諸般の基本的人権を無視するものとして同警察署特にその幹部に対し憎悪の念を抱いていたものであるところ、破防法反対のストライキの実行された昭和二十七年四月十八日群馬県北群馬郡渋川町寄居町二千百四十七番地の原審相被告人高井義季の居宅に隣接する日本共産党北毛地区委員会事務所で他の同志とともに公務執行妨害事件で勾留中の右高井の保釈出所の慰労会を催したのであるが、同所附近に右警察署員が徘徊して被告人等の行動を内偵査察するような様子があつたので、被告人等はこれに憤慨し右警察署に赴いて署長に抗議するものと称し、同日午後五時過同志二十数名と相前後して同署に向い、尠くとも同署正門附近から原判示の者等と互に意思連絡の上、同五時二十分頃スクラムを組み一団となつて「ワッショ、ワッショ」と気勢をあげながら、原判示警察署表玄関西側扉を押し開き、同庁舎に侵入し「署長を出せ、署長は何処へ行つた」等と叫び、同警察署長須江虎一郎の看守する建造物内に不法に侵入した事実を誤めるに十分であつて、記録を精査しこれに現われた諸般の証拠を検討し、これに当審でした事実の取調の結果を参酌考量しても右事実の認定に何らの過誤はない。而して所論は、原判決が被告人に不利益な警察官の証言を多く採用し被告人側の被告人に有利な証言を少しも顧みていない点を攻撃するのであるが、証拠の取捨選択はもとより裁判所の自由裁量に属しその処置が経験上の法則並びに論理上の法則に従つているかぎり、これを目して不当なりとすることは許されないのであつて、本件においてこの点に関する原審の採証は健全且つ合理的な基礎の上に立つ正当な判断であつて右両法則に違背するものとは到底認められない。

次に警察は、国民の生命、身体財産の保護や公安秩序の維持犯罪の捜査、被疑者の逮捕等の責務を有する公共のための公の機関であるから、一般の国民が正常平穏の態度をもつて右警察の要務に関連して請求陳情その他のためにその建物に出入することはもとより一般国民の自由に属し、その建物の管理者である警察署長の暗黙の承認があるものとも解し得られるのである。従つて、警察署長に対し何らかの抗議を提出したいとする多数者がある場合においても、その建物の構造設備の状況、建物における執務者並びに利用者の状況、抗議の内容、所要時間その他諸般の状況にかんがみ妥当と思料される範囲において代表者を立ち入らせるとかその他の方法をもつて平穏裡にその折衝がなされるかぎり、この立ち入り所為は、何ら違法性を具有するものとは認められないであらう。然しながら、本件においては前記証拠その他記録上窺われるように、被告人等は当初から一方的に警察署の処置を不当と断じその署長に抗議せんとしたものであり、多数共同してスクラムを組み「ワツシヨイ、ワツシヨイ」と声をかけ、更に「署長を出せ、署長は何処に行つた」などと叫びながら庁舎内に入り込まんとし平穩に署長に面会の申込をしようとする意図の下になしたものでない事実、目つぶし用と思料される灰に胡椒と唐辛子を混入した粉末や押収に係るビラを所持していた事実等から推察すれば、被告人等の所為は、前に述べたような違法性のない平穩な建造物立ち入り行為とは到底認められないところであつて、警察署に立ち入る一般国民の態度として暗黙裡に承認されている程度を越えてその看守者である右警察署長の意思に反して押し入る違法性のある行為と断じなければならない。従つて、この行為は洵に原判決の適用しているとおり刑法第百三十条の建造物侵入罪を構成するものとしなければならない。

次に所論は、右警察署侵入現場で逮捕した点並びに暴力行為等処罰に関する法律違反で逮捕し建造物侵入罪で起訴した点、抗議に行かなかつた者まで逮捕した点、抗議に行つた者に対し起訴不起訴の区別をした点をいずれも不当なりとし、且つ、その立証を尽していないと抗争するのであるが、前段で述べたとおり被告人等の本件所為が違法性を有し犯罪を構成するものである以上、その犯行の現場でその容疑者を逮捕することは何ら差支のないものであること多言を要しない事柄であり、まして警察職員がこれをするのは当然の責務であり、その所為が暴力行為等処罰に関する法律違反となるか単に建造物侵入罪を構成するに止るものかは被告人等のなした右警察署侵入の際の諸行動を基本的事実として諸般の証拠を検討してなす法律的評価の差異に帰着するものであつて、記録編綴の被告人に対する逮捕状の記載と起訴状の記載する公訴事実とを比較検討してみるに、後者は、前者のうちに包含せられていて、その事実関係の同一性が認められるのであるから、逮捕罪名と起訴罪名が異なるものであつても、この故に起訴事実と同一犯罪事実を認定した原判決を目して直ちに不当なりとするに由なく、その余の抗争する各点は被告人の本件犯罪を認定した原判決を攻撃する正当な理由とはならないことの明白な事柄であり、又これらの点について判決においてこれを証明し説明を加えねばならない事柄でもない。

次に裁判所は同時に共犯者として起訴された者に対し同一の刑を科さなければならないものではなく、その犯人の主観的な諸事情並びに犯罪の客観的な諸事情を総合して妥当な量刑をなすべきものであるから、その量刑の結果として共犯者についても量刑の異なることは当然予想され得ることであつて現行法の下においてはその差異のある理由を逐一詳細に判決において説明しなければならないものでもない。所論につき記録を精査検討し他の原審相被告人に対する量刑を参照しながら、被告人に対する原判決の量刑を考察するに被告人に対し実刑を科した点においてその量刑にやや不当なものがあるものと思料されるので原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は結局この点において理由がある。

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